在宅勤務で業務効率が高くても、生産性は低いかもしれない話

多くの企業で在宅勤務が始まって半年以上経過した頃でしょうか。
そして経験上、このくらいの時期にはちょうど問題が顕在化し始める頃です。
2020年の4月頃には「在宅勤務サイコー!!」と言っていた人の中にも、「何かうまくいかない…」「何かが足りない…」という違和感を持ち始めている人がいると思います。

実は「在宅勤務で業務効率が上がった」という人を見かけますが、実際には生産性が上がっているとは限らないのです。
知人には何度話したかわからない内容なのですが、この際、誰かの役に立つかもしれないので公開することにしました。

「在宅勤務で業務効率が上がる」と答える人は多い

在宅勤務における業務効率についてのアンケートにおいて上がったと答える人は多いようで、自身の職場や知人においてはそのような方が多いです。
リコージャパンの社内アンケートにおいても、上がったと答える人が32.3%、下がったと答える人が16.1%、変わらないと答える人が51.6%となっています。 となると、全体としては業務効率が上がっていると考えられそうですね。

しかし「在宅勤務で業務効率が上がりましたか?」というアンケートの設問だけで生産性の是非を判断することはできません。
そもそも「業務効率」と「生産性」は混同されがちですが、これらは明確に区別して扱う必要があります。

そもそも、業務効率と生産性の違いとは?

業務効率と生産性は混同されがちなので、まずはその違いについて触れます。
数式風に書くと以下のようになります。

  • 生産性 = アウトプット÷インプット
  • 業務効率 = 完了したタスクの総量÷タスク完了までに要した時間

が、これだとやはり類似しているように見えますね。
以下のように書くとイメージしやすい人もいるかもしれません。

  • 生産性:一ヶ月に160時間働いて、どれだけの成果が出せるか。どれだけ会社の利益に貢献できるか
  • 業務効率:タスクをこなす際に、平均してどれだけの時間がかかるか

いずれにしても、アウトプットの効率を測る尺度が生産性であり、タスク消化の効率を測る尺度が業務効率だということです。 そして、業務ではアウトプットを出すために、いろいろなタスクを消化しています。
ここには「アウトプットこそが目的で、タスクを消化するのはそのための手段である」という主従関係があります。
したがって企業としては業務効率よりも生産性のほうが重要であり、業務効率向上は生産性向上のための一手段という位置づけになります。

これを踏まえると、業務効率と生産性の間には以下の①〜③のような関係があることが分かります。

  • ① 業務効率が上がると、その分だけ生産性は上がる
  • ②「業務効率は上がらなくても、生産性が高い」ということは有り得る
  • ③「業務効率は高いが、生産性が低い」ということは有り得る

それでは、具体的にどのような①〜③のパターンについて挙げてみます。

①「業務効率が上がると、その分だけ生産性は上がる」状況とは?

在宅勤務によって業務効率が向上する例としては、以下のような場合が挙げられます。

  • 大きなPCディスプレイを使えるので、作業効率が上がった
  • 割り込まれずに集中できるので、短時間で業務がこなせるようになった
  • 雑談する時間が減ったので、作業に使える時間が増えた

これによって業務効率が向上した場合は、間違いなくその分だけ生産性は上がっていることでしょう。
これ自体は会社にとって望ましい状況ですね。

②「業務効率は上がらなくても、生産性が高い」状況とは?

出社しているケースでは以下のような場合が当てはまります。

  • ランチで会社の同期と話していたら、悩んでいた問題の解決策を教えてもらった
  • 同僚と雑談していたら、新規事業のネタを思いついた
  • 仕事に取り掛かろうとしたら、近くの同僚が「その仕事やる必要なくなったみたいだよ」と教えてくれた
  • エレベータで他部門の人と乗り合わせて、有益な情報を教えてもらった

また、在宅勤務やリモートワークでは以下のような場合が当てはまります。

  • オフィスや取引先への移動時間がなくなり、他の作業に当てられるようになった
  • リゾート地でリフレッシュしながら働けるので、よいアイデアが思い浮かぶようになった

業務効率が上がっているかどうかはともかく、生産性が高いことは会社にとって望ましい状況ですね。

③「業務効率は高いが、生産性が低い」状況とは?

このパターンは①の状態で、かつ以下のような無駄が発生しているときに当てはまります。

  • アウトプットに必要のない、無駄なタスクをたくさんこなしている
  • 人に聞けば分かることを、調査したり試行錯誤したりしている
  • 同じ業務を複数の部門で別々に行っている
  • 集中して考えることはできるが、よいアイデアが思いつかない

業務効率が高いので本人は気持ちよく仕事できているかもしれませんが、生産性が低いのは会社として望ましくありません。
そのため、このパターンに陥ることは極力避ける必要があります。

「在宅勤務で業務効率が上がりましたか」というアンケートの問題点

そして本題。「在宅勤務で業務効率が上がりましたか?」というアンケートの設問が、なぜ不適切なのか。
その問題点は、大きく2つ。

一つは手段である業務効率にフォーカスし、目的である生産性に触れていないことです。
なぜなら業務効率だけに着目すると、③の「業務効率は高いが、生産性が低い」というパターンに陥る可能性があるためです。
例えば、大量の無駄なタスクを迅速にこなした場合、業務効率は上がっていますが、生産性はむしろ低下しています。
一方、あるタスク自体をこなす必要がなくなった場合、業務効率が上がったとは感じられませんが、生産性は上がっています。
会社としては生産性のほうが重要なのでフォーカスすべきは後者1ですが、「業務効率が上がりましたか?」という設問は前者にフォーカスしています。

もう一つの問題点は、再現性の低い偶発的な恩恵や、機会損失は見落としやすいことです。
なぜなら②の「業務効率は上がらなくても、生産性が高い」という状況は、会社での偶発的な出来事によってもたらされることも多いためです。
例えば「同僚と雑談していたら、新規事業のネタを思いついた」のように偶然アウトプットに繋がることがありますし、「たまたま通りがかった人に、もっといいやり方を教えてもらった」のように偶発的な業務プロセス改善も発生することがあります。
出社していたときには無意識にこのような恩恵を受けていたはずですが、在宅勤務ではこのような出来事が減少します。
しかし、人はこのような再現性のない事象や機会損失は見落としやすいため、アンケートの回答にはこのような恩恵は反映されないのです。2 認識していないことは、アンケートに書けませんからね…。

以上を踏まえると、「在宅勤務で業務効率が上がったが、生産性は下がっていた」ということは全然起こり得るのです。

偶発的な恩恵は、生産性向上にどれだけ貢献しているのか

オフィスで仕事をしている頃には、偶発的な恩恵は日々至る場所で得られていたはずです。
ランチ、雑談、エレベータ、トイレ、自動販売機の前、会議の前後、会議から自席に戻る途中などなど。
物理的なスペースが偶然を生み出す仕組みになっていました。
しかし在宅勤務が始まったことで、偶発的な恩恵を得る機会は大きく失われました。

在宅勤務では、業務上必要な人とだけ話す傾向が強くなります。
そのため、業務上関わりのないチーム外の人とは話す機会がありません。
オフィスであれば会話が聞こえてくるかもしれませんが、在宅ではそんなこともありません。
周りの会話が聞こえないことで集中はできるかもしれませんが、有益な情報を偶然キャッチする機会は失われました。
チームを超えたノウハウの共有は起きづらくなるので、社内で同じ失敗を繰り返す可能性は高くなります。

在宅勤務になり、雑談が発生しづらくなりました。
しかし、リモートで雑談のための時間を用意しても、オフィスほど自然な雑談にはなりません。
そもそも無目的であるからこそ雑談なのに、雑談を目的化した時点で自然性が失われています。
開始と終了がスケジュールされた雑談は窮屈でしっくりきませんし、話題のランダム性も失われています。
ランダム性があるからこそ予想外があり、雑談が新規事業ネタや抜本的な改善にも繋がりやすくなるのです。
計画された雑談であるほど退屈な内容になり、予想外の発見を得る機会は少なくなります。

在宅勤務が続くことで、他の人の考えが分からなくなった人も多いと思います。
会議の前後に「最近どうよ?」のような会話をする機会が失われています。
昼礼はライブストリーミングで配信されますが、一方的なコミュニケーションになり、インタラクティブ性が失われました。
発表者は視聴者のリアクションが見えないのでみんながきちんと聞いているのか、理解しているのかどうかも分かりません。
昼礼後には自席へ歩いて戻る途中で「いやー、今期厳しいねー」のような会話をする機会もありません。
このようなインフォーマルな会話やリアクションは、互いの考えや理解度を把握する上で役立っていたはずです。
それがなくなれば次第に理解度は合わなくなり、議論も噛み合わなくなっていきます。
在宅勤務になってから入社した人にとっても、インフォーマルな会話やリアクションが見えないことは会社に慣れるハードルを大きく引き上げているはずです。

在宅勤務になってからは、アドバイスする機会、アドバイスしてもらう機会、双方とも激減しました。
オフィスで仕事をしているときには、自席付近で集計作業をしている人にExcelのピボットテーブルやピボットグラフを教えたことがあります。 ピボットテーブルやピボットグラフが使えるようになったら、その業務効率は2倍以上、場合によっては数倍以上になるでしょう。
こういった知識は知ってさえいれば永続的かつ安定的に効果をもたらし、業務効率が数倍になることも珍しくありません。
在宅勤務で集中力が上がるからと言って、永続的かつ安定的に、業務効率が2倍になるようなことが見込めるでしょうか?
もちろん偶発的であり再現性がないため対等な比較はできませんが、在宅勤務ではこういった機会そのものが失われます。

こういった偶発的な恩恵が、果たして会社にどれだけの生産性をもたらしていたのかは分かりません。
ただ、社員1人が偶発的な恩恵に遭遇する確率がたった1%であったとしても、会社全体で見れば定常的に発生します。
例えば社員1000人の会社であれば、会社全体では1日に10件程度は偶発的な恩恵を受けていることになります。
もし1日当たり0.2%の生産性向上に貢献していたのだとすると、1年(240営業日)では約1.6倍(1.02の240乗)になります。
これまでの日常的に生産性が向上する仕組みを放棄するのは、会社にとっても社会にとっても大きな損失になるはずです。
たとえ業務効率が上がっていたとしても、生産性が下がっていれば本質的な価値は失われています。
そして、それはいつか必ず社員にも減給やリストラといった形で跳ね返ってきます。

最悪のシナリオ、不幸なすれ違い

機会損失によって企業の生産性が損なわれていくと、経営層と現場での不幸なすれ違いが起き、対立構造が生まれかねません。

在宅勤務によって業務効率は上がるといったのに、会社としてのアウトプットは低下します。
会社としては以前と変わらない水準で人・モノ・カネを投入しているのに、明らかにアウトプットの質や量が低下します。
しかし機会損失が起きていることを認識することは難しいため、経営陣は「在宅勤務で業務効率が上がるんじゃなかったの?」「在宅勤務でサボる人が増えたのでは」と言い始めます。3
もちろん現場はサボっているわけではなく、必死にやっています。
むしろ在宅勤務のおかげで快適かつ迅速にタスクをこなせるようになり、業務効率は上がっているのです。
それでも、会社どころか個人レベルでも生産性は下がっている…。こんなことは全然起こり得るのです。
そして何より恐ろしいのは、これが無自覚に、企業の生産性が徐々に蝕まれていくということです。

ここに書いたことは(現時点では)私の妄想でしょう。
しかし業務効率と生産性は異なる概念であること、そして業務効率の向上と生産性の低下は両立し得るということ。
在宅勤務により多くの機会損失が発生し、その結果として生産性を低下させる可能性があること。
これらのことを理解しておかなければ、このシナリオはいずれ現実になります。

在宅勤務はどうあるべきなのか?

アメリカのヤフー、Google、IBMなどの企業は過去に在宅勤務の導入を試みたものの、最終的に禁止した歴史があります。
そしてアップルやフェイスブックも、新型コロナの前には在宅勤務を許可していませんでした。
その原因について公式見解は見つけられませんでしたがこういったニュースを読む限り、在宅勤務では期待した生産性が確保できなかったということでしょう。
ここから学ぶべきは、在宅勤務においてオフィスと同等の生産性を確保することは難しいという事実だと思います。
もし在宅勤務によって生産性が上がるという主張をするのであれば、「あのGoogleやヤフーですら在宅勤務で生産性を維持することはできなかったが、自分たちにはできる」という主張をしなければなりません。4

ここで個人的な意見を述べておくと、私は在宅勤務に反対するわけではありません。
在宅勤務を取り入れること自体は賛成で、多様性のある社会を実現するためにも、ぜひ拡大していってほしいと考えます。
ただしオフィスに比べれば生産性が落ちる可能性は十分にあり、これは経営陣の覚悟が必要だと思います。
そして生産性が落ちるということは会社から社員へ分配可能な報酬が減るということであり、従業員もそれを受け入れる覚悟が必要だと思います。
そのためには、費用対効果や生産性などの経済合理性ではなく、経済合理性を超えたビジョンや信念が必要となるのでしょう。
そして最終的には、福利厚生のような位置づけで導入されていくのだろうと考えています。

まとめ

というわけで、在宅勤務で業務効率が上がったとしても、生産性は下がるかもしれないというお話でした。5

私は、少しでも多様性の高い社会が実現してほしいと思っています。
なので在宅勤務できる会社が増える事自体はとても喜ばしいのですが、在宅勤務という仕組みが持続可能なものでなければ意味がありません。
「在宅勤務で業務効率が上がった」というのは一面的・短絡的であり、中長期やトータルで見たときの生産性や、生産性に対する偶発的な恩恵を見落としていると考えます。
なのに生産性に期待して在宅勤務を導入すれば、アメリカ企業の過去の失敗をそのまま繰り返すことになりかねません。
もしそれが原因で経営層と現場で無用な対立が起こるとしたら、とても非生産的ですし、とても悲しいことです。

Google、ヤフー、IBMといったアメリカ企業が在宅勤務を廃止したという歴史を見れば、経済合理性によって在宅勤務を正当化することは難しいということなのでしょう。
特に組織のマネジメント面において優れるアメリカ企業でできないとなれば、なおさらです。
このことを踏まえると、在宅勤務には経済合理性はないかもしれないという事実に向き合い、それでも社会的に実現する価値があるという考えで向き合うべきなのだと思います。

私自身、在宅勤務の明確な在り方については正解を語れるわけではありませんし、まだまだ模索している段階です。
ですがこの流れで在宅勤務の導入が進むと、数年後には非生産的な対立が発生しそうだと思い、この記事を書きました。
在宅勤務でうまくいってないな…と思ったときに職場でこのページを共有し、在宅勤務のあり方について議論するきっかけになれれば幸いです。
そして経済合理性を超えた世界を目指せる人が増えれば、よりよい社会の実現に繋がると信じています。


  1. そもそも業務効率を上げるには限界があり、タスクを丸ごとなくすほうが生産性向上の効果も大きいはずです ↩︎

  2. 特に「業務効率」という言葉を使った場合には、再現性の低い要因や事象を除外して回答する傾向がありそうです ↩︎

  3. 根本的な帰属の誤り ↩︎

  4. アメリカ企業やシリコンバレーに対してコンプレックスを持つべきとは思いませんが、こういう言い回しをすると納得する人が多いので、こんな書き方をしました ↩︎

  5. そもそも、アンケートは設問の言い回しなどで結果を恣意的に操作できてしまうものであるという側面もありますが… ↩︎

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