思い込みに陥らないための向き合い方と思考法

ある人から「こういう思い込みは、どうすれば気付けるんだろう?」という話を受け、自分の考えを整理してみたのでメモ。

「未知の未知」を減らしておくことで、未然に防ぐ

そもそも思い込みに陥らないよう、普段からこの世に存在するいろいろ物事・文化・思想などを知ることが大事。
パターンや選択肢が存在することを知っているだけで、思い込みに陥りにくくなる。

具体的なプラクティスとしては、人に会って意見を聞いたり、本を読むこと。
ただし「心地よさ」にとらわれないことのではなく、「耳が痛い」くらいのほうがちょうどよい。1

…とはいえ、人間は全知全能の神にはなれない。全てを知る時間はないし、この世に新しい考え方はどんどん生まれてくる。
そのため思い込みに陥ったときの対処法も併せて知っておく必要がある。

思い込みの外側に存在する「他者」を活用する

基本的な対処法は、他者を活用すること。
そもそも思い込みは「自分の視点」でしか考えられていないことによって発生するものであり、他者(上司やチームメンバー)は思い込みの外に存在している。
つまり、他人から気兼ねなく意見やフィードバックをもらうことができれば、思い込みを外せる可能性がある。
そのためには、普段から上司やチームメンバーと良好な関係性を構築しておくことや、高い透明性の確保が重要となる。

良好な関係が築けていなければ適切な意見やフィードバックをもらうことは難しいし、もらうことができたとしても「本音はどうなんだろう?」「自分は嫌われているのでは…?」「自分を失敗させたいのでは…」という疑心暗鬼に陥る可能性がある。
また「自分視点で見えている情報や考え方」を普段から開示しておかなければ、他者はそれを認知することすらできない。 そのため普段から考えを表明したり、見える状態にしておくことが大事になる。

具体的なプラクティスとしては、Slackでの分報チャンネルを活用したり、JiraやGitHubのチケットに意見や作業内容を随時書いていくなど。 もちろん全員が常にそれを見ているわけではないが「他者が認知し、気になることがあれば言える環境にする」ことで、思い込みから抜け出す機会を作ることができる。

仮説思考とクリティカルシンキングを思考習慣として身に付ける

他人や第三者を活用するだけでなく、「自分の力で思い込みに対処したい!」と考えるもの。
その場合に必要なのは、いわゆるクリティカルシンキングを思考習慣とし、何かしらの理解・判断・意思決定をする際「本当に?」と疑うこと。
そしてその前提として「そもそもこの世に絶対的な真実はなく、全ては仮説である」という仮説思考が求められる。

この習慣づけに効果的なのは、プラクティスは以下。

  • 本を読んだ後に「本書の考え方は本当に正しいのか?」を考える
  • 何らかのテーマについて一人でディベートする

ディベートというとハードルが高く聞こえるが、大事なのはある物事に対して、両面から主張と反論を組み立て続けること。
こうすることでディベートの対象としたテーマについて理解が深まり、自分の意見も持てるようになる。
そしてこれを繰り返すうち、普段からあらゆる物事を両面から見ることが習慣になる。

クリティカルシンキングを実践するときの思考法

じゃあクリティカルシンキングを実践するときにどんな観点で考えるといいのか?という観点・事例集。
一言でまとめると「ロジカルシンキングを用いて、仮説に矛盾点や不整合がないかを確認する」ということかな。

現状と理想を対比し、問題を考えてみる

例えば「コードレビューで多く指摘を受けてしまった。もっと自分で考えてから出すべきだった」と反省したケースを考える。
これは現状と理想という形で記述すると、以下のようになる。

  • 現状:コードレビューで多く指摘を受けた
  • 理想:熟考した上でレビュー依頼を出し、コードレビューでの指摘が少ないこと

確かにコードレビューでたくさん指摘を受けることは、一見問題だと感じるかもしれない。しかし理想は、本当に「コードレビューでの指摘が少ないこと」なのだろうか…?
理想は「(適切な品質をチームとして担保できるのであれば)リードタイムが短い方法を取るのが理想」ではないだろうか。2
もしそうであれば、実は上記の「理想」よりも「現状」のほうが好ましいということになる。

このように現状と理想を対比して両面から見ることで、違和感から思い込みに気付けることがある。

極端なケースを考えてみる

例えば「意見が割れたときは全員が納得行くまで話し合おう」という教訓(仮説)について考える。
このような場合に効果的なのは、以下のように何らかの変数を極端に変えてみること。

  • 100時間かけても、200時間かけてでも、納得行くまで話し合うのか?
  • 関係者が100人いても、1000人いても、納得行くまで話し合うのか?

このように変数を極端な値に変えてみると、そんなことは現実的ではないパターンが明らかになる。
つまり、何かしら前提の見落としや思い込みが存在するということになる。

命題(仮説)の対偶を考えてみる

これは論理学を活用して物事を両面から見る方法。
例えば「お金があれば幸せになれる!」という仮説を考える。この仮説を命題・対偶として記述すると以下のようになる。

  • 命題:お金がある⇒幸せである
  • 対偶:幸せでない⇒お金がない

これらの真偽をどのように感じるかは人それぞれかもしれないが、命題が真であるならば対偶も必ず真である。
もし「命題は一見正しそうに見えるが、対偶は正しくなさそう」と感じるのであれば、そこにはなにか見落としが存在する…つまり思い込みが存在する可能性があるということになる。


  1. 人と意気投合したり、自分の意見に近しい書籍を読むと、心地よくなりやすい。しかし、それでは「自分の知らない考え方」を取り入れることはできない ↩︎

  2. もちろん組織や業界、対象のシステムといったコンテキストでリスクの許容度は異なるので、一概に言えるわけではない ↩︎

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